■プロフィール

mamoru shida

Author:mamoru shida
FC2ブログへようこそ!

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
もみの木
木はいろんなことを教えてくれる。giving treeという本がある。中学校の教科書にも掲載されていたので、知っている方も多いだろう。(内容については検索してください)

わが家にも思い出の木がある。子どもが生まれてから小さなもみの木を手にいれた。クリスマスに飾るためだ。庭に植えると手軽にデコレートできないので、植木鉢に入れていた。今回の避難で、その木を関西に持ってきた。

できれば庭に植えたい。そんな安住の地があれば、、、。今回、新しい地に引っ越してきた。当初の予定では、10年間は住めるはずだったが、2年間と制限を受けた。本来であれば、木の事よりも、自分の生活再建を優先したい。しかし、私自身は、もう普通に暮らす事への疑問もあり、子ども中心の暮らしをしようと決意し、もみの木の植える場所を求めてきた。

やっとその場所が決まった。嬉しかった、家族みんなでもみの木を庭に植えた。10年間でどれ位大きくなるか楽しみでもある。その木の下でテーブルを出して、子どもたちと話をし、コーヒーを飲んで、読書。そんなささやかな願いだけでも十分生きて行ける.そう思った。

余裕がないと,いろんな事を受け止める力がなくなってしまう。福島の原発事故で関西に避難してきている人の話である。その方が,最初は自分を避難民だと話していたらしい。その内、福島に戻れるだろうという思いがあった。政府の発表は安心感を与えてくれた。だが、だんだん事故の大変な内容が報道されるにあたって、もう福島には戻れないという思いに変わっていった。ついには、自分は難民なんだとその方に話したらしい。話を聞いた方は、難民なんて言葉は遠い国のこととしか考えていなかったが、現実に目の前に存在していることを知って、言葉がなかったと、、、。

自分の事をどう呼ぶかは、本人なら何を言っても許される。俺は馬鹿だとか私は避難民ですとか。でも、カヤの外にいる人間が言う場合は、かなり文脈が違って状況でしか使えないのかもしれない。仮に難民という言葉の代わりに、もう少し柔らかく、ノマド(遊牧民)という言葉を使って、貴方たちはノマドだとは誰が呼べるのだろうか。

自然は我々人間のために存在している訳ではないが、言葉には現せない豊かさを提供してくれる。花を植える。或は野菜を作るだけでもである。運命のいたずらなのだろう。2年経ったら木は植え替えなくてはならない。それを普通ととらえるか、困ったと判断するかは人それぞれだが、私自身からすれば、後者だった。

ハーメルンプロジェクトの活動を震災以降、ずっとやってきた。それこそ、家族の生活を振り返る余裕もない。妻、そして子どもたちにも申し訳ないとも思う。唯一、もみの木を植えることが希望だった。それはわが家が安心して暮らせる場所の象徴になるはずだから、、、。だが、もしかしたら新たなメッセージなのかもしれない。
スポンサーサイト


家族 | 22:40:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。